#08 地域医療の現場で問い続ける医療の本質 ―科学的視点から透析患者様の人生を支える

野溝 明弘

岐阜県の山間部にある中津川共立クリニックは、偕行会グループでも屈指の透析医療技術を有し、地域医療を支えています。そこにあるのは、患者様一人ひとりに合った透析治療を実践するという強い意志。キャリア37年(2019年1月現在)のベテラン看護師であり事務長を務める野溝明弘の想いをご紹介します。

グループで最も山間部にある透析クリニックが、最も成果を上げている

「うちは偕行会グループのなかでも、いちばんの山間部にある透析クリニックなんです」——野溝は、中津川共立クリニックをそんなふうに紹介します。中津川市は岐阜県の東南端に位置し、長野県に隣接する市。東は木曽山脈、南は三河高原に囲まれた山あいの街です。

中津川共立クリニックは1994年、中津川市民病院の要請により、地域医療における高品質な透析治療の拠点として開業しました。野溝の着任時は60名程の患者様でしたが、現在は170名前後の方に通院いただいています。

国内22施設で3,300名以上の患者様の透析治療をおこなう偕行会グループのなかでは、小規模施設の部類に入る中津川共立クリニック。

しかし、日々の臨床業務をおこないながら透析治療に関する研究にも積極的にも取り組み、学会や研究会で年間9〜12本とグループや近隣施設の中でも群を抜いた数の研究発表を実施しています。

また、その研究成果は臨床業務にも反映されています。透析治療の指標の一つとなる患者生存率がありますが、5年生存率は88.8%、10年生存率は74.1%と、偕行会グループの平均データをはるかに上回っています。(※)

このような実績をスタッフとともにつくりあげてきた野溝の信念は「医療は特殊なサービス業」。これは野溝が看護学校卒業後、偕行会グループの名古屋共立病院に入職してから、一貫して保ち続けているスタンスです。

安全で質の高い透析治療に加え、体調管理のサポートや、食事や運動などの生活指導、患者様とのコミュニケーションなどは当たり前。これらすべてについて、患者様のためになることは何かを見極めてトータルで提供していくこと、それが野溝の言う「サービス業」のありかたです。

※2017年の偕行会グループ5年生存率78.8%、10年生存率59.4%(生存率データ:転院の場合は3ヶ月まで追跡調査)

「真に患者様のためになっているのは何か?」本質を問い続けた37年

偕行会グループで看護師としてのキャリアを積んできた野溝ですが、実は看護学校卒業直前には、「看護士にはならない」と考えていた時期もありました。

そのころの野溝にとって看護師の職場は、女性中心の年功序列縦社会のように思え、やりがいを見いだせずにいたのです。(当時は国試に合格し免許を得ると、女性(約98%)は看護婦籍に、男性(約2%)は看護士籍に登録されていました。)しかしその考えを変えたのが、偕行会グループ会長の川原弘久との出会いでした。

野溝「駒ケ根共立クリニックに出張で来ていた名古屋共立病院の看護師長さんに会う機会があり、『案内してあげるから名古屋に遊びにいらっしゃいよ』なんて言われて、ほんとうに軽い気持ちで長野から名古屋に行ってみたんです。

当時の名古屋共立病院は、周りを田んぼに囲まれた、小さな病院でした。でもそこで川原会長が語ったのは、今とまったく変わらない『真に患者のための医療をめざす』という確固たる理念でした。

それまでの私は目先のことしか見えていなくて、医療の本質とは何かというところまで考えが至っていなかった。それに気づかされたことで、あらためて看護師という仕事に魅力を感じて、名古屋共立病院で働くことを決めました」

本当の意味で患者様のためになることを実践する——看護師の道を歩みはじめた野溝は、患者様の役に立つ知識と技術を身につけていきました。もちろん心を込めた看護は大切です。しかし、そのなかで持ちつづけていたのが、「医療は特殊なサービス業」というスタンスでした。

野溝「医療をサービス業としてとらえ、患者様に質の高い医療サービスを提供するために、自分がどうあるべきか、何を学ばなければいけないか、どのような接遇が望ましいのか、若いころからそう考えていました。35年も前の時代には、私のような考え方は、あまりよく評価されませんでした。愛と情熱をもって素のまま行動できる看護師が尊敬された時代でした。ですから、その頃は、常に劣等感を抱えながら、黙々と勉強をしていた時期です。

どちらも目標は同じなのですが、サービス業としてとらえて医療にあたったほうが感情的にならずに、安定して冷静に、科学的に対応できるように思います。

治療を受け入れることも拒否することも患者様の自由です。ただ、十分な知識がなかったために良くない選択をされることがあれば、それは不幸なことです。そのようなことがないように、十分な情報を患者様に提供し、理解していただいたうえで、より良い選択をしていただき、治療に参加していただけるように導く。それこそが患者様のためになる医療サービスのありかただと思うんです。

『情熱が足りない』と言われてしまうこともありましたが、今では信念を曲げなくて良かったと思っています。

こうして、野溝は名古屋共立病院や海部共立クリニックでキャリアを積んだ後、26歳で静岡共立クリニックの立ち上げを任されます。そして10年後の1997年には中津川共立クリニックを担当することになりました。

より良い医療を患者様に提供するために、臨床現場から生まれる研究活動を

これまで、自身の信念を活かした看護を実践してきた野溝。2019年1月現在の彼は、中津川共立クリニックの事務長を務めています。

クリニック全体の経営に責任をもつ立場でありつつも、現場を離れることなく、常に患者様を見て、目の前にある症状と向き合うことに尽力しています。

その姿勢を反映しているのが、クリニックのスタッフがさかんにおこなう研究発表。

研究活動というと、臨床の対義語のように思われることもあるかもしれません。しかし中津川共立クリニックでおこなわれている研究は、すべてスタッフたちが臨床現場で実際に経験した疑問や発見をもとに展開されています。

野溝「患者様をしっかり診て思考をめぐらせているうちに、さまざまな発見が自然に湧いてきます。わざわざ研究テーマを見つけてくるのではなく、臨床の現場で得られた情報に対し、仮説を立て検証し、そして、改善して効果が得られた成果をまとめて報告しているという流れですね」

研究成果はスタッフ全員で共有し、実際に治療や看護に活かしていきます。そうやって患者様の役に立ったという経験の繰り返しは、スタッフの充実感にもつながります。

野溝「実務もあるなか、検証をしてまとめ、発表まで持っていくのは大変です。しかし自分たちのやったことが人の役に立った、目の前にいる誰かに喜んでいただけた——その繰り返しが、自分の仕事にプライドが持てるようになって、やりがいにつながっていくんだと思います。

とはいえ、成果を出していくには勉強して知識をそなえ、科学的な視点をもって業務にあたる必要があります。それを続けていくことが大切ですね」

中津川共立クリニックでの研究活動は、クリニックのある東濃エリアの勉強会や研究会だけでなく、岐阜県全体、さらには東海4県で実施されている研究会の他、日本透析医学会などでも発表。全国から注目を集め、高い評価を得ています。

「真に患者のためになる医療」とは何かを追求して、日々勉強を怠らず、さらなる高みをめざして切磋琢磨する——看護師になりたてのときから持ちつづけてきた野溝のスタイルが、臨床・研究両面で、グループ内でも随一の成果を支えてきたのです。

地域医療のなかで、透析技術の向上は患者様の人生そのものの支えに

高齢化と地方の過疎化が進む日本にあって、中津川市も例外ではありません。若い世代は名古屋市など都市部に流出し、山間部には高齢者のみの世帯が多く存在しています。

中津川共立クリニックの患者様は、75歳以上が約40%。170名前後いる患者様のうち、約70名が送迎サービスを利用しています。送迎範囲は半径30kmにもおよび、なかにはわざわざ当院を選んで、もっと遠くから通院している患者様もいます。

高齢になるにしたがい、心疾患や脳血管疾患、がんなどを併発することが増えてきます。こうした患者様に対しては、透析の質がよりシビアに問われます。

たとえば心機能の著しく悪い患者様には、ダイアライザー(透析器)を用いた「血液透析」よりも、心臓への負担が少ない「腹膜透析」が望ましいとされています。

腹膜透析は自宅でおこなうことができますが、独居世帯や老老介護の世帯には負担が大きいうえ、管理不全の場合には感染により腹膜炎を起こし重症化するリスクもあります。

かといって腹膜透析を入院治療でおこなうと、急速にQOL(生活の質)が下がってしまう懸念があるのです。

私たちは、そういった患者様が少しでも長く自立した自分らしい生活を送っていただくために、可能な限り血液透析での治療をすることをめざしています。そのためには、透析技術を向上させ、身体への負担を軽減することが非常に重要です。

野溝「血液透析さえ安全にできれば、患者様が自宅に帰っても、心配ごともなく生活することができます。そのためにも透析のきめ細かい設定で患者様への身体の負担を軽くして、よそでは血液透析が難しいといわれてしまうような患者様にも安全な治療をする。その技術は、特に工夫しているところだと自負しています」

以前、近隣総合病院の看護師から「入院していた末期がんの患者様が、最期に自宅で生活したいと希望している。協力してくれないか」という相談を受けたことがあります。1〜2週間、送迎をして透析治療を引き受け、患者様の願いを叶えるサポートをさせていただきました。

野溝「地域住民のみなさんを支えていきたいという“想い”を実際の力に変えていくのは、やっぱり科学的な視点なんです。もう37年も透析看護師をやっていますが、いまでも毎年新しい発見があります。そのたび、まだまだ勉強しなくちゃ、と思うんです」

患者様が住み慣れた場所で最期まで安心して暮らせるように、人生そのものをサポートしていくこと。地域医療のなかで信頼を勝ち得ていくためにも、絶え間ない技術の向上は野溝たち医療スタッフの使命です。

取材日 2018.12 Text by PR Table