#01 23年やっても、まだまだ足りない―透析看護のスペシャリストが追い求める「看護の原点」とは?
熊澤 ひとみ
最新の透析医療機器と高い技術をそなえ、全国に広がる透析ネットワークで約3,000名の透析患者をサポートする偕行会グループ。その透析医療を支えているのは、患者様が安心して治療を受けることができる透析看護の体制です。2016年現在、23年にわたって同グループの透析医療に携わってきたスペシャリスト 熊澤ひとみの“看護人生”を通して、透析看護のこれまで、そして今をお伝えします。
機械を操作するだけではない、患者様の生涯のQOL(生活の質)にかかわる透析看護
国内の慢性透析患者数は毎年数千人~1万人レベルで増加し続け、2014年の統計では32万人を突破。
しかし、病棟や外来での看護とは異なる部分も大きく、看護師に求められる姿勢もまた変わってくる。23年間にわたり透析医療に携わってきた透析看護のスペシャリスト、熊澤ひとみは、その違いをこう考えています。
熊澤「透析医療での看護師の役割は、ただ透析機器を操作するだけと思われている側面も強く、『透析には看護がない』なんて言う人もいますが、それは違います。急性期の患者様の場合は、疾患の治療のために先生からの指示に従う。でも透析医療の場合は慢性疾患で、クリニックで先生の指示を守るだけではなく、患者様がご自宅に居る時も食事管理や体重管理など、自己管理をしていかなくてはなりません。それをサポートしていくには、家族構成や生活の状況、個性など患者様一人ひとりの状況に合った対応が看護に求められます」
透析が終わり、チャキチャキと元気に帰って行く患者様もいれば、ぐったりしてしばらく動けない患者様もいる。どうせ治療を受けなければならないのなら、皆様にチャキチャキと帰っていただきたい。熊澤は、そのためには何が足りないのか、きちんとアセスメントしていくのが透析の看護だと考えています。
熊澤「一度はじめたら、患者様は一生治療を続けることになるわけです。それが良い治療になるか、つらい治療になるかで、患者様の人生は大きく変わる。だからこそ、良い治療を受けていただいて、患者様のQOL(生活の質)を高めていく。それが透析看護の大きな役割だと思っています」
2016年現在、高齢化社会の影響もあり、透析看護に求められる役割はより重要になってきています。そこに大きな使命感を持っている熊澤。しかし、はじめて透析医療にかかわった23年前は、必ずしもそうではなかったようです。
「透析なんか、泣くほど嫌だった」新人ナースが、患者様と向き合えた日
熊澤は1992年、看護専門学校の卒業と同時に名古屋共立病院透析室に入職。その後23年にわたって透析看護ひとすじのキャリアを積んできた熊澤ですが、透析医療に並々ならぬ熱意をもって看護師になった……わけではないとのこと。
熊澤「高校生のときは、保育士か看護師になりたいと思っていました。看護専門学校時代には、子どもが好きだったので小児科を志望し、外来で働いていたんです。ところがある日、異動で透析室に行ってと言われて……『絶対に嫌です!イメージが暗いし機械がいっぱいで難しいし!』と号泣でした。異動してからも、毎日のように泣きながら『辞めてやる』って看護師長に食ってかかってましたね(笑)」
はじめは、意に染まぬ配属に不満を訴えていた熊澤。それでも持ち前のガッツで、全力で取り組んでいるうち、透析看護のやり甲斐が見えてきました。それは患者様とのコミュニケーションの中にあったといいます。
熊澤「透析医療の患者様は、長期間にわたる治療の中で疲れてしまって、心を閉ざしてしまう方も少なくありません。でも、きつい言葉をぶつけられたときでも、ただ受けるだけでなく『この言葉の背景にはどんな気持ちがあるのかな』と考えるようにして、個々の患者様を理解してコミュニケーションをとるようにしていくと、患者様に変化があらわれるんです」
たとえば、針刺し。長く透析治療を受けている患者様でも、自分の体に針を刺されることは心身ともに負担が大きいものです。それゆえ、針を刺す看護師との信頼関係はとても大事になってきます。最初は熊澤に心を開かず、「あっちへ行け、お前は触るな」と言っていた患者様が「(針を)刺してもいいぞ」と仰ってくださった……そのときのことを熊澤は「本当に嬉しかった」と振り返ります。
以前、熊澤は、看護師たちに「透析看護の醍醐味は何?」とアンケートをとったことがありました。するとやはり、厳しかった患者様が優しくなった、体重増加が著しかった患者様にアプローチしていったら「こういう風に頑張ってるんだよ』と体重が減ったことを嬉しそうに話してくれた、といった言葉が多く出たといいます。
熊澤「時間をかけて患者様と向き合った結果や変化を実感できるのは、透析看護でないと味わえない喜びだと思います」
患者様一人ひとりへの理解を深めるため、日々の看護で得られた患者様の“情報”は、カンファレンスでしっかりスタッフ間で共有。スタッフがひとつのチームとして、患者様と向き合って対応しています。
技術が進歩するほど「人による看護」が求められる
熊澤は、透析室の一看護師から主任、課長、副部長を経て、現在は部長を務めるキャリアの持ち主です。
特段、看護師から管理職へのキャリアパスを意識していたわけではないという熊澤ですが、一スタッフ時代は当時の主任に対して、自分が主任になってからは課長に対して、上司であっても遠慮なく意見を言う“じゃじゃ馬ナース”だったとのこと。
当時の自分を「生意気で上司を困らせていた」という熊澤ですが、その現場を良くしたいという情熱が、透析医療を統括する立場へと彼女を押し上げたのです。
一方で熊澤は、3児の母。入職後、結婚と3回の出産、子育てを経験し、それに合わせて産休・育休を取得し、職場復帰をしています。
熊澤「たとえば子どもの病気で早退しなきゃいけないときとか、私がこの偕行会グループに入ってからずっと、スタッフ同士でフォローし合うのが当たり前という文化があります。おかげで一度も離職することなく、透析看護の仕事を続けていくことができました」
20年以上にわたって透析医療に携わってきた熊澤。透析の技術は日々進歩していて、透析機器も飛躍的に効率化・自動化が進みました。だからといって透析医療は「看護師の手がかからなくなった」ということは決してありません。
医療が進歩して生存率が上ったことで、治療の長期化、患者様の高齢化が進んだ。その結果として、たとえば車椅子の患者様、認知症の患者様が以前よりも大幅に増え、その看護も必要となってきているのです。
熊澤「透析医療そのものはボタンひとつではじめることができる時代になりましたが、技術の進歩によって新たな課題も生まれており、『人による看護』の重要性はより一層大きくなってきていると感じています」
そして熊澤自身も、「透析は極めた」などというゴールはまだまだ見えていないようです。
熊澤「透析患者様は合併症を抱えていることが多く、透析の知識以外にもさまざまな疾患やその看護技術について勉強しなくてはなりません。それが学べることも、この仕事の魅力かもしれません」
「看護は缶詰ではなく、びん詰」という原点
現在、熊澤は透析事業本部の管理部長として、偕行会グループ各クリニックにおける透析医療の質の統一やマニュアル化、手技や看護技術に関する情報の共有化などを進めています。
2010年には、透析看護認定看護師の資格を取得。認定看護師同士の会合や、学会・研究会などにも積極的に参加し、透析治療の最新情報を取り入れて、現場に反映しています。
熊澤「私は看護師ですから、いつでも看護の現場に戻りたい気持ちを持ち続けています。でも今は、自分が得てきた経験や知識を現場に伝えて、後進の育成に取り組むことが私の役割です。現場を知らずにあれこれ言っても、昔の私のような子に『全然わかってないのに、また何か言っているわ』と思われてしまいますから(笑)現場のスタッフから信頼される関係性を築きたいと考えています」
透析医療の看護を統括する立場として、看護師たちにもっとも伝えたいことは、看護学者の薄井坦子先生の著書『看護の原点を求めて より良い看護への道』から感銘を受けた「看護は缶詰ではなく、びん詰だ」という言葉だといいます。
熊澤「患者様を見るときに、“缶詰”という見方をすれば外側しか見えませんが、“びん詰”なら中身も見えるでしょう。うわべだけでなく、患者様が本当に思っていること、心の中のこともしっかりと見抜く力がないと、看護はできないんです。特に透析看護は、ですね」
一通り透析が問題なく終わればそれでいいという考え方もありますが、患者様の思いに沿って、向き合うことができれば、治療そのものもスムーズに運びます。相手を知ること、そして頭を使ってしっかり考えること。それが看護の原点であると、熊澤は考えています。
患者様にとっては命をつなぐ治療であり、一生を託すことにもなる透析医療。その医療の現場で、誰よりも患者様一人ひとりを知り、心から向き合う看護を、私たち偕行会グループは熊澤とともに追い求めています。
取材日 2016.6 Text by PR Table